私は目的地へと向かうため、タクシーを拾った。
「グランドホテルまで」
「はい」

 走り出して数分後、年老いた運転手が話しかけてきた。
「お客さん、宿泊ですか」
 会話などする気もなかった私は運転手の言葉を無視する。が、彼は私のことなど気にしないかのように話を続ける。
「あそこはいいところだよね」
「…」
「あそこに行くってことは、あなた結構お金持ちでしょう」
「は?」
「いやあ、羨ましいねぇ」
「…」
 なれなれしさとデリカシーのない言葉に多少腹が立った私は、この後の仕事について考えながら、適当に返事をすることにした。




「自営業かい?」
「ああ」
「じゃあ社長さんだ」
「いや」
「ふーん、技術職かい?」
「ああ」
「不景気で大変でしょう」
「いや」
「はぁ、羨ましいことだねえ」
「ああ」
「今日はもうお休みかい?」
「いや」
「こんな時間に仕事か。大変だねえ」
「ああ」
「その鞄の中身でも売るのかい?」
「いや」
「違ったかぁ。もしかして、おおっぴらには言えない仕事かな」
「ああ」
「へぇ、無理して答えなくてもいいんだよ」
「いや」
「え、聞いて良いのかい?」
「ああ」
「あら、そう…悪いことしてないよね?」
「いや」
「えっ、そうなの」
「ああ」
「じゃ、じゃあ泥棒」
「いや」
「まさか、人殺しとか」
「ああ」
「……冗談だよね?」
「いや」




 なぜかタクシーが急に停まった。気付けば、ホテルが見えている。もう降りろ、ということだろうか。私が料金を渡そうとすると、運転手はこちらの顔を見ようともせず、手だけ出してきた。つくづく失礼な人間だ。文句の一つでも言ってやらないと気が済まない。
「おい、おまえのとこのタクシー、もう二度と使わないからな」
「はいっ!ありがとうございます!」
 何故かお礼を言われると、その場から逃げるようにタクシーは走り去っていった。
「なんなんだ、まったく」
 私は仕事道具の入った鞄を持ち直すと、ホテルに向かって歩き始めた。




 今日の標的は大物の政治家だ。失敗は許されない。