■
取り立てて恋愛経験のない私は来月で46歳の誕生日を迎える。
(24歳の時、大学院の同級生に一度だけ告白されたことがあった。付き合うことはなかったが、一応、それも付き合ったこととしてカウントしてある。)
もう薄々は気付いている。
このまま独り身の人生であることに。
幼少期、ねこバスというオバケのような乗り物がアニメ界を席巻した。
当然、私を含めた全国の子供たちは狂喜乱舞。
だって、バスが猫で、猫がバスなのだから。
私もあんなバスに乗ってみたい。どこに行けば乗れるんだろう。
しかし、髭とメガネのアニメの巨匠は、そこまでは教えてくれなかった。
ねこバスへの興味は年を重ねる内に薄まり、油絵のごとく鮮明だったねこバスも、水彩画のごとく淡く淡く意識の底へと沈んでしまった。
私は社会に出て、通勤のために現実的な都バスに乗り始めた。
そして、寂しさを紛らわすために現実的な猫を飼い始めた。
猫の名前は「ニノちゃん」。
もちろん、大好きな嵐の二宮くんから付けた。
彼に似て愛くるしいのなんの。
その朝、ニノちゃんにエサを与えた所までは憶えている。
キャットフードをお皿に盛って、私はソファでまどろんだ。
猫の鳴き声がする。
目が覚めて周りを見渡すが、ニノちゃんの姿がない。
カーテンが風で揺れた。
窓が開いている。
ニノちゃんは、逃げてしまったのかもしれない。
私は焦って、家を飛び出した。
最悪の事態を考える。
考えたくないけど考えてしまう。
私の耳に猫の鳴き声だけが聞こえる。
「ニノちゃーん! ニノちゃーん!」
普段寂しさに堪りかねて「二宮くん」と呼んでいることを思い出す。
恥ずかしがってる場合じゃない。
「二宮くーん! 二宮くーん!」
声を振り絞る。
サンダルで走る。
何度も転ぶ。
パジャマのまま。
道行く人々が私を振り返った。
「二宮くん」と連呼する中年。
完全に頭がおかしくなったおばさんにしか見えないだろう。
私はいつも利用するバス停まで来た。
都バスが停車していた。
嫌な予感がした。
なんとなくバスに動いてほしくない気がした。
でも、バスはゆっくりと発車した。
その下に、横たわったまま動かないニノちゃんがいた。
ハッと目が覚める。
今夜、同級生の告白に返事をしようと思う。
「こんな私で良ければ、付き合ってください」<文・フルタジュン>
★来週のキーワードは「ベートーベン」。