ワールド エンド にて

「お客さん、終点ですよ」
「はっ?!」
 くそ、やってしまった。疲れていたとはいえ、寝過ごしてしまうなんて。


 もう既に終電は出てしまったらしい。財布の中身を見る。所持金は八百二十四円。これではタクシーも使えない。
「…くそ」
 そう毒づくと、俺は改札を出た。歩いて帰ることに決めた。


 雨が降っていないことだけが幸いだった。街灯はまばらで、人気がない。あたりはとても静かで、革靴が地面をこする音だけが響いている。


 歩き出した当初は寝過ごした自分を責める気持ちで一杯だったが、数分後にはそんな気持ちは消え失せた。代わりに、今日の飲み会もつまらなかっただとか、今夜はほとんど眠れないだとか、とりとめのないことが頭に浮かんでくる。さらに十分ほど経つと、ひたすらに歩くことだけを考えるようになった。鞄がいつもの倍以上に重く感じられる。なんとも貧弱だ。足を休めたい欲求に駆られて仕方ない。


 ふと視線を上げると、暗闇の中にぽつんと屋根があるのを発見した。バス停だ。これはちょうど良いと、俺はそこのベンチに腰を下ろした。





「ふうー」

 一つ、深い息をついた。

 何をやってるんだろう、俺は。


 突然、そんなことを思った。一度そんなことを思うと、どんどん自分が惨めだと思われてくる。

 楽しくもない仕事。
 気をつかってばかりの人間関係。
 特に展望もない将来。

 何だか、ここは世界の端っこなんじゃないかと思えてきた。俺以外には誰もいない。泣きたくなってきた。



「ちくしょう」



 俺は、両手で顔を二度乱暴に叩くと、立ち上がった。感傷に浸っていてどうするんだ。ばかばかしい。




 目の前には家へと続く道がある。これを進んで行かなきゃいけない。
 そう決めたのだし、そうするしかないのだ。いつだって、俺は自分で道を選んだ。たとえ誰かに選ばさせられた道であっても、それは俺の道だ。
 俺のためのものであり、俺以外には通れない道だ。意地でも歩き続けなきゃいけない。


 そして俺は、世界の端っこを後にした。