ゲームセットが聞こえない

人間は2種類しかいない。
「甲子園に行こうとした人間」と「甲子園に行こうとしなかった人間」。
その2種類である。
行けたか、行けなかったかじゃない。
行こうとしたか、行こうとしなかったか。
僕はその2種類だと思っている。
高校時代に野球部を選択しなかった多くの人はそもそも後者かもしれない。
でも、野球部を選択しながらも後者で終わる人間もいる。
夢物語の夢さえ見ようとしない現実的な人間。
もしくは、最初からあきらめている人間。
高校1年生の夏、僕は岐阜県立関高校の野球部を辞めている。
あの夏をよく憶えている。
練習がしんどかったー。
先輩とどうやってコミュニケーションを取ればいいのか分からなかったー。
そろそろ丸坊主にしなきゃいけないという暗黙の了解が流れ始めていたー。
「南ちゃん」みたいな可愛いマネージャーはいなかったー。
とにかく嫌だった。
仲の良かった同じ野球部の幅くんと話し合い「辞めよう」という話になった。
顧問の先生に「辞めます」と言った。
僕は帰宅部になった。そして、廃人みたいな高校生活が始まった。
鑑みるに、僕は後者の中の後者だ。おそらく後者の先頭を走ってきた。KING・OF・後者。
情けない。


28歳。高校を卒業して10年が経った。
なんと僕はまだ立ち止っている。
「甲子園」という金ピカに光る青春の金字塔に背を向けた結果、ないものねだり根性が爆発し、甲子園に半端なく憧れるというパラドックスの十字架を背負ってしまった。
すごく重い。肩からは血が出ている。
簡単に言えば、激しく後悔している。
そして、その後悔をこじらせてしまっている。
毎年バカみたいに、テレビ朝日の『熱闘甲子園』を楽しみにしている。
数年前の甲子園。ハンカチ王子マー君の投げ合う決勝戦。引き分けて再試合。
そして、ハンカチ王子マー君から三振を取ってゲームセット。
誰がこんなシナリオ書けるんだよ!という展開しかなかった。
結局、ハンカチ王子の早稲田が優勝し、彼は大学野球へ。負けたマー君プロ野球へ。
どんな野球漫画よりも劇的なドラマを見た。
この時、僕の後悔は頂点に達していた。



18歳の春、高校を卒業した日。
プレイボールの声が聞こえたと思ったら、そのまんま10年。
ゲームセットの声がなかなか聞こえない。
審判はいるのか? 
今のイニングは何回なんだ?
全然わからない。
試合が終わってくれないことしか分からない。
僕は自分の打順が来るたびに、とにかくバッターボックスに出ていく。
出て行かなきゃしょうがないんだよ。
打席に立ったら、ホームランを打つことだけを考える。
これは間違っている。絶対に不健康だ。不健康のど真ん中にいる。
間違ったのだ。
人生のやり直しが利くのであれば、ピンポイントで高校1年生に戻りたい。
戻って、甲子園を夢見て野球を続ける。そうすれば、きっと大学だって現役で進学できたはずだ。大学ではちゃんと就職活動をして、企業に勤めたはずだ。公務員もいいと思う。それで、たまに「あの頃は楽しかったなー」なんて高校時代を振り返る。そんな健康的な人生。
僕は本当に羨ましいと思う。


でも、間違った。


だから、


ホームランが打ちたい。<文・フルタジュン>


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