邂逅

甲子園に「甲子園の魔物」が現れてから4ヶ月経った。

決勝で大暴れした魔物は、いつの間にか姿を消した。
ワイドショーなんかで大騒ぎしたり、様々な国から学者がやってきたりして
あれこれ調査したらしい。
が、魔物は決勝の日以来姿を現さなかった。

きっと、奴はあの場所で何かが起きるときにしか現れることはないだろう。



ただの比喩としての存在。
そんなものが実在するなんて。

だが、それは、再び現れた。


年末の、日本の漫才の頂点を決める大会。
そこに、現れたのである。


今年の決勝は、実に甲乙付けがたい激戦であった。
そこでは予選を勝ち抜き、選ばれた3組が争うのだが、
1組目も2組目も、実力以上のネタの出来映えであった。
3組目も、きっととんでもなく面白い。
それを見守る誰もが、そう思っていた。

だが、期待は裏切られた。
緊張からか、セリフがスムーズに喋れない。
それを意識してしまい、テンポが悪くなる。
テンポが悪くなると、動きまで悪くなる。
そんな悪循環で、見ている方もやっている方も、「もうダメだ」なんて思いはじめたときである。
突如、それは空からゆっくりと降りてきて、2人の背後に優雅に着地した。
懸命に笑いを取ろうとしている2人は、その存在に気付かない。
そのうち、周囲が騒然となり始める。
その様子を、2人は“自分たちの出来が酷すぎて、周りがざわつきだした”のだと思ったらしく、
さらに力を込めてネタを続ける。
そいつは、何も言わない。

そして、2人のネタが終わった。
正直言って、彼らのネタは、面白くはなかった。
もう終わりだ。そんなムードが2人を包んでいた。

そう。
そいつは、そこに降りてきながら、何もしなかったのである。


彼らはそこで振り返り、ようやくそいつの方を見た。

その刹那、ツッコミ役の男がそいつに向かって言った。


「何もしないんかい!」


そいつは、にっこりと笑い、消えていった。


それは人が笑いの神を目撃した瞬間であり、
今年のチャンピオンが誕生した瞬間だった。