ローソン鯨中店

アルバイト雑誌の片隅にその小さなアルバイト募集の情報を見つけた時は、何かの冗談であると思った。

学生歓迎★週2日〜♪ 七里ガ浜 徒歩5分!
未経験者大歓迎!週2日〜OK!!
ローソン「鯨中店」でスタッフ募集♪
君も鯨の中で働いちゃおう!
学生・フリーター・主婦(夫)・Wワーカーの方、高校生 みんなみんな大歓迎!
レジや接客の基本は研修でしっかりと学べるからアルバイト未経験の方も、お気軽にご応募ください!!


「鯨中店」
そうゆう名前の店舗もあるのかと一瞬思った。
けど、次の一行が決定的だった。


「君も鯨の中で働いちゃおう!」


病院、大学、企業ビル、どんどん裾野を広げ続けるコンビニ業界ではあるが、
まさか鯨の中にまで店舗があるというのか。


「七里ガ浜 徒歩5分」


これは、一体どうゆう計算になるのだろう。
駅の改札を出て、道なりに歩き湘南の海に出る。
その砂浜に大きく口を開けたクジラが停泊しているとでも言うのか。


バカバカしい。


考えれば考えるほどバカバカしく、こんな冗談には付き合っていられないと思った。
もう忘れてしまおう。
賢い僕は健全なアルバイトを探そうと思った。



夜の海だった。



僕は賢くなかったということになるのだろう。
先週からローソン鯨中店で働いてしまっている。
夜22時から朝6時までの夜勤シフトの週4日だ。
結構ガッツリだ。
仕事には、もうだいぶ慣れた。


唯一の同僚と呼べる店長の談によれば、
そのシロナガスクジラの全長は32メートルであった。
真っ暗な海にヌーっと現われて、桟橋から飛び込むように出勤する僕には、その全長を確かめる術はなかった。
鯨中店のサイズは駅のホームに佇む「キオスク」をイメージしてもらえればちょうど良い。
世間では「ナチュラルローソン」などというロハスチック店が存在するが、店長の言葉を借りれば「FUCK」だった。
「鯨の頭蓋骨の真下に位置するこの鯨中店ほどナチュラルの先頭を走っている店舗はないよ」そう言い切った。
20歳以上若い僕が言うのもなんだが、店長は救いようのないバカだということが分かり始めている。久しぶりに、こんな残念な大人に会ったなという気分だ。


ここまで来ると、あなたが気になることはもう分かっている。
このお店に訪れるお客さんについてであろう。
誰がわざわざ鯨中店なんかに「あんまん」や「カラアゲくん」を買いに来ると言うのか。
しかし、これが来るのだ。来るのだから仕方がない。
昨日は万引きがあった。万引き犯は光るカツオに跨って現れた。
その時の店長の慌てぶりには涙が出るほど笑った。
万引き犯は七色の大王イカを操る海中警察によって無事に逮捕されたが。
書きたいことは山ほどある。
しかし、残念ながらもう紙面がない。


「800文字」というエスケープを利用して、
このSFはここでおしまいである。<文・フルタジュン>


★来週のキーワードは「妥協」です。