つらつらと、2

お金なんてものは、なんと厄介なモノだろう。
以前、心の問題って言うのは、なんて厄介なんだと書いた。
お金の問題は、それと同等に難しく、しかも、のっぴきならない状況で、まま浮上する。
どこかの偉い人が言った。
「金は、命より重い」
と。


その通り、だと即答したくはないが、まあ、たいていの場合、命より重い。


親の庇護を離れて(と言っても、実際は未だに臑齧りな身であるのだが)
お金の重み、ありがたみっていうのは、身につまされるかのように感じるようになった。
また、ここ数ヶ月で、私を取り巻く環境が、なかなか大きく変化してきた。
というのはつまり、私のお金に対する感覚や見方が変化した、とも言える。

もし、今、「お金とは何か?」と問われたならば、
私は「指標である」と答えよう。

お金とは、不可視のモノを実体化する役割を持っているように思う。
報酬や給料であれば、その仕事量を実体化したもの、とか。
愛情をプレゼントという形で、実体化することだって出来る。

想いを実体化するための道具、計るための指標。
それがお金の持つ役割の一つだと思う。

昔からよく議論されるテーマとして、「金と愛、どっちが大切か」なんてのがある。
愛は別に男女の恋愛感情のみを指すものではなく、友情とか絆とか、そういったものに置き換えることが出来るとして、
この答えは、「場合による」と答えざるをえないのだなと思った。

いや、別に、お金に困っているとか、すさんでいるとか、そういうことは決して無いのだが。

それはさておき。
最近は、どうにもちゃんと稼げていないので、貯金を減らす日々を重ねている。
まあ、自分に対する投資をやっているのだと思えば、なんてことはない。訳でもないけど。

何というか、お金が大事な世の中だからこそ、お金に対して大胆なスタンスを取ることができるならば、そこに実際以上の価値が生まれるのだと思う。

とりあえず、これだけは言える。

金に困らない奴なんかが、いっぱしのモノになれる訳なんか無い。