喪失
もう9月になるというのに、僕はまたここに来てしまった。
薄暗い室内で、息を潜めながら、日々の記録用ノートをめくっている。電気を大っぴらに点けるわけには行かないから、磨りガラス越しの弱々しい光だけが頼りである。あいにく今日は曇りで、元々日光があまり差してないものだから、ますます読みづらい。
僕が何をしているのかと言えば、授業をサボって、道場でダラダラしているのだ。
道場とは、弓道場のことだ。僕は、弓道部員であった。3ヶ月前まで。
6月、僕ら3年生は部活から引退した。
そう、あれから3ヶ月も経つのである。
引退してからもちょくちょくと部活に顔を出していた。いや、はっきり言ってしまえば、顔を出してしまっていた、と言うことになるかもしれない。
僕にとって、部活は何よりも尊かった。勉強よりも遊びよりも、何よりも。
朝早くに起きて、人通りのほぼ無い通学路を歩き、誰もいない道場の鍵とシャッターを開け、朝靄の中で弓を引く。
昼休みのわずかな時間に、弁当片手に道場に行き、食事もそこそこに弓を引く。
つまらない授業を適当に済ませた後、部室で着替えて、道場に行き、他の部員とたわいもない話を、時には真面目な話をしつつ、弓を引く。
そんな、ある意味で単調な、色気の無いような生活。
それが尊かった。
楽しかった。とてもとても。
その日々はもう、終わったのだ。
でも、もう部員では無くなった現在も、道場に来てしまっている。
何となく後輩の活動記録を読んだり、そこに自分のコメントを半ばイタズラのように書いたり、部活で共有していた弓を矢をつがえずに引いてみたりと言った、なんとはないような暇つぶしというか、そんな実のないようなことをするだけなのに。
胸の中、お腹の中に、空白があるような気がする。
その空白の中で、火のようなものがくすぶっているような気がする。
そいつらが、僕の足と顔を、ここに向けさせるのだ。
そして、
僕はとうに過ぎ去った素晴らしき日々ばかり見ているのである。