泣いた夜には

公演中である。
劇団フルタ丸第14回公演『I LOVE YOU』を。
まさに下北沢の劇場で休憩中にこの文章を書いている。
こんなときに限って「涙」か。


という所まで書いて劇場で書くのは止めた。
集中できないので結局は家で書いている。

僕がその漫画を読んだのはもうずいぶん前のことだ。
今思えば、あれは漫画だったのかどうかも疑わしい。
学生時代、京王線の沿線に住んでいた頃、どこの区間だったかはすっかり忘れてしまったが、車窓からの眺めがどこまでも続くマンション区間があった。
車窓からの景色は遮られて息苦しいし、マンションの人も電車の音が毎日うるさくてノイローゼにならないものだろうかと思った。世の中にはwinwinというお互いが得をする関係性があるが、この電車とマンションは間違いなくloseloseの関係性だった。


その日は目の錯覚だと思った。


車窓の外に流れていくマンションの景色の中に一瞬だけ画があった。
マンションの窓に車窓と向き合うように貼られた画があった。
パステルカラーで描かれた『泣いた夜には』というタイトルめいたもの。
不思議な引っ掛かりだけを残してその日は終わった。

翌日、大学へ向かう僕は、何気なく車窓の側に立っていた。
ぼんやりと景色を眺めていて、景色がマンション区間に切り替わった。
パステルカラーが目に飛び込んできた。
今度ははっきりと見えた。
猫の画だった。
その猫から噴き出しが出ていた。


「にゃー」


車内を見渡すと、僕同様にその猫の画に気付いた人間が数人いる。
彼らも昨日と今日でその画が変わったことに気づいている。
そうだ。昨日は猫の画なんてなかったのだ。
『泣いた夜には』というタイトルだけがあったのだ。
僕の側にいた女学生がつぶやいた。


「…連載?」


えっ。


思考が止まる。


でも、その可能性を考え始めると急に胸がドキドキし始めた。
翌日、大学は休みだったが、再び同じ時間帯に電車に乗ることにした。
車窓からの景色ではなく、あんなにも鬱陶しいと思っていたマンション区間を待ち望んでいた。
電車がマンション区間にすべりこんで行く。
やはりパステルカラーの画はあった。
猫ではなく、傘を差した女の子が雨が降って来る夜空を見上げているワンカットの画だった。その女の子の足元には猫がいた。昨日の猫だ。


確信した。
物語だ。
画は連なり、その中で物語が進行しようとしている。


あのマンションの住人が仕掛けようとしていることは何だろうか。
っていうか誰なんだろうか。
デビューできずにくすぶっている漫画家か?
だったら、自分で勝手に連載を始めようっていう魂胆か。
何に立ち向かおうとしているのか。
読者はいるぞ。毎日電車に乗る全ての人が読者だ。


という物語を、
今朝劇場に向かう小田急線の中で思い付いた。<文・フルタジュン>


★次回のキーワードは「クリスマス」です。