051.脱出ゲームで知る、納得の納得感

脱出ゲーム、というジャンルのゲームがあります。


プレイヤーが何故か謎の部屋に閉じ込められて、その部屋にあるものやひらめきでパズルを解いていき、謎の部屋から脱出することでゲームクリア、というゲームです。crimson roomというゲームが流行初めだと記憶しています。気になった人は「脱出ゲーム」「crimson room」あたりで検索してください。今時のパソコンならば問題なくインターネット上で、無料で遊べるはずです。


この脱出ゲームのキモは謎解きとひらめきです。定番なのは4桁の数字でロックがかかっている金庫があり、数字のヒントが書いてあるメモが机の引き出しなどに入っている。だから金庫を開けるにはまず机の引き出しを調べてメモを手に入れる。次にメモに書いてあるヒントから数字を割り出す。そして数字を入力して金庫を開けると、次の謎解きのヒントが出てくる。。。といったような感じです。

謎解きには“カタルシス”があります。(この場合のカタルシスはいわゆる誤用としてのカタルシスです。つまりは浄罪感ではなく、抑圧からの解放感、という意味でのそれです。)
僕らが覚える快感の中の一つに、謎が解決した時に感じる快感が確かにあると思います。敢えて言うならばそれはカタルシスではなく「納得感」で良いんじゃないかと思います。謎解きはゲームだけでなく小説やドラマなどのシナリオにも存在します。犯人は誰かとか、トリックはどうだとか。「あ〜なるほどね〜 スッキリした」という感想がストレートに出てくるような心境。それが納得感です。


納得感で特筆すべきだと思われるのは、ひらめきがその快感を大きく左右する点です。つまりは、自分の力で全て気づいた時に、もっともその快感は大きくなる。逆に与えられたヒントによって解決した時は、それが小さくなっていくという点です。ある意味で自力が非常に大事なわけですね。


僕はこの納得感が結構好きなのですが、個人的には演劇の脚本の大半にはこの要素が含まれていると思います。この台詞や動き・舞台造形や状況から類推される物語の真相などを自力で解き明かす楽しさは、なかなか他の媒体では味わうことはできません。この納得感を味わいに、劇場に足を運んでみるのもいいと思います。


<文・和田宜之>